La hauteur chante ce qu'on parle dans la profondeur

メモとしてのブログ。ルーマニアの詩人たちに関心があります。

イラリエ・ヴォロンカとインテグラリスム

ひっそりとwordpressでブログをやっていたのですが、案の定(?)SEOがダメダメなのではてなに戻ってきました。

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最近、ようやく Christophe Dauphin, Ilarie voronca : Le poète intégral を読み始めました。まだ全体を読めていないのですが、彼自身のテクストや詩自体も含まれています。(これで『都市のユリシーズ』を初めて読むことができる。)

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改めて、ヴォロンカやブローネル、ステファン・ロールらの「インテグラリスム」は未来派構成主義からの影響が大きいことがわかるのだが、

[...] le constructivisme ete le futurisme ( "la révolte justifiée contre la banalité courante et contre l'esprit d'imitation") ont pris l'ascendant sur Dada.

という書き方や、1930年、ルーマニアマリネッティがやってくることを考えると、普通の(歴史的な)アヴァンギャルドの流れとは逆のそれがあったのだろうか。ここはちょっと考えて見る必要がある。

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シオランルーマニアの変容』を読んだ。

 

シオラン(1911-1995)、イヨネスコ(1909-1994)、エリアーデ(1907-1986)より前の世代に属するヴォロンカやブローネル。

 

シオランは〕自分と同じ世代の人、たとえばウージェーヌ・イヨネスコと同じように、彼は自分が無意味は歴史と二流の文化の小国に帰属することに屈辱を感じていた。政治をテコに「ルーマニアを変容する」こと、これが彼の解決策であった。

とあったが、ヴォロンカたちは、どうみても彼らとは異なるのだろうか? あるいは、(政治的)態度決定が異なるだけで、ルーマニア=ナショナリテの問題はあった? 要検討。